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2008年04月23日(水)
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昨日の山口県光市母子殺害差し戻し控訴審判決。
この事件の裁判の経緯や、遺族である本村氏の発言、世間の反応などをずっとこの9年間注目してきました。本村氏ほど、被害者としての怒りと悲しみとどうしようもない無力さをきちんと訴えてきた人はないと思います。 私ならば、感情が爆発してしまいます。 きっとどこかで、折れてしまいます。 生きることを放棄するかもしれません。 あの強さと、聡明さと、家族に対する思いに私は敬意を表します。 どんな判決がでても、遺族は笑って喜べるものではありません。 だからといって、相手を寛大に、あるいは無関心に放置できるものでもありません。 そういう被害者の気持ちを理解すべきだし、理解できる想像力をもたないといけないと思います。 誰にも、何にも変えられない大切な人を持っているのですから持てるはずなんです。 本村氏が言っていたことばで強く印象に残ったのは、 「偶然を必然にしないといけない。」 という言葉。 「偶然」のままだと、すべて無意味なものとなっていつか消え去ります。 それを「必然」にするということは、その出来事によって何か変えることであり、その出来事を永遠に社会や人々の中に残すことです。 殺された妻や娘、そして犯人も社会を変えるために生まれてきて、そのための必然的な出来事であり死だったのだと・・・。 死刑制度の是非と、被害者の感情(しかもそれは暴走的な感情ではない感情)は、別次元のこととして考えないといけないのに、それをごちゃまぜに考えるから無神経な言動がはびこってくる。それが被害者をさらに苦しめ追い詰めることとなる。 何が一番大事なのか。 何を一番守らないといけないのか。 その中心には絶対に被害者がいるべきであり、遺族がいるべきだと思うのです。そうじゃないとおかしいと思うのです。 |
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