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2008年04月30日(水)
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だいたい、私たちの年齢の男というのは、家の中では粗大ゴミというケースが多いらしいです。
私は家でごろごろしているのは好きではないので、そういう意味では粗大ゴミとは言われません。 でも、うるさくて鬱陶しいということでは、家にいて欲しくない存在なのかも知れません。 別にそれはどうでもいいのです。 言いたかったのは、今日は平日の休日なので、粗大ゴミを処理場に捨てに行ってきたということ。捨てた粗大ゴミは、自転車3台、大きな和室机、カーペットに布団。 燃えるものは10kg60円、燃えないものは10kg30円なので、上記のようなものでしたら、それぞれ100円から200円程度で済みました。 これも別にどうでもいいことですが、こういうことをした日はなんか充実感があっていいもんです。 |
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2008年04月29日(火)
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昨日、約1年ぶりに愛車アルファードを洗車しワックスをかけました。
若い頃は最低でも1ヶ月に1回は洗車、ワックスは欠かしたことがなかったこの私でさえ、最近は面倒だという気持ちの方が大きくてほったらかしの事が多いです。 外観がきれいになるとどこかに出かけたくなるなぁと思ってフューエルメータを見たら、ガソリンが残り少ない状態。これは給油しておかないといけないなと思って、今日、行きつけのガソリンスタンドに行ったら、もうびっくり。長蛇の列です。 そうかぁ・・・。 明日、揮発油税の暫定税率を復活させる税制改正法案が可決されて、来月からガソリンが値上げなんだなぁと気づいた次第。こういう類の値上げや値下げに振り回されるのが私は嫌で、多少の金ならば払ってやるわい!とやせ我慢であえて無視するタイプ。先回アルファードを満タンにしたのも値下げ2日前だったですよ。 そもそも、こういう政治って何なのでしょうね。 ・国と自治体の収支はもっと大きく考えるべき。揮発油税と道路財源の問題だけにすべきではない。 ・国民生活は今、いろんなことで苦しくなってきている。出来る限り負担軽減をすべき。 ・ガソリンスタンドの負担を考えると、継続性とその一時的な補填を考えるべき。 こういうことを考えると、今の良策が見えてくると思うのですが、どうも政治のプロの皆様はもっと違う物差しがおありのようです。国の厳しい財政事情や道路整備の必要性を言うならば、支出をもっと透明化するのが順序ってもの。そう考えない政治って難しいんですね。一般国民にはさっぱりわかりません。 与党も与党。 野党も野党。 やっぱり、そんなことで振り回されると思うだけで腹が立つ。 腹が立つから考えない。その腹立たしさは、選挙でぶつけるしかないわけで・・・。 自分の老後を任せられる国なのでしょうか、この国は・・・。 |
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2008年04月29日(火)
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人間、多かれ少なかれ誰にも言えない、言いたくないことを持っていると思います。
些細なこと、普通のこと、人に知れたら人生にかかわること、その度合いにはいろいろと温度差があると思いますが、その秘めたるものを共有している友人も当然いるでしょう。 そういう貴重な友人は、絶対に無くしたくないものでありとても大切なものです。 時には励まされたり、勇気を与えてくれたり、優しさで包み込んでくれたり・・・。 同じように、自分もそういう気持ちで相手を大切に思ったり・・・。 でも、それが共有という関係から一歩先に進みたい気持ちになったとき、情けないかな自分はいかに小さな人間かと思うのです。秘めたるものに対してその友人の力になってあげる。そういうことが自分の自分勝手な欲望や辛い思いに潰される。 いかに器の小さな人間なのか。 共有して友人の力になってあげるということよりも、 共有だけで留まることの辛さに耐え切れなくて共有を放棄した私。 情けないことではあるけれども、 ただ、それがみんなにとって「平穏」なのかも知れません。 |
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2008年04月27日(日)
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さだまさしの「償い」という歌の発表は1982年ですが、2002年のある裁判の判決公判で有名になりました。
最近、自分にはとてもできないと思う優しさに触れると、涙の堰が切れてどうしようもなくなります。 しかも、その優しさを心に秘めて誰かに尽くし償う姿だとよけいにです。 人間は罪を犯しても、過ちを犯しても、贖罪の心と人間としての優しさがあれば償いは相手に届く。 逆に、それがなければ、いくら形で謝罪しても相手の心に届かない。 すべての生き方に通じる基本的なところかも知れません。 こんなことに感動することなく、当たり前の事だと言える社会になればいいのですが。 そのためには、まずは自分からそういう心を持つようにしないと。 (コメントを表示したくない場合は右下をクリックして下さい。) |
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2008年04月27日(日)
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以前から kinki kids の歌は好きだったのですが、最近、この歌を強く印象づけてくれる出来事がありました。
「愛されるより愛したい」 そう思える人と出逢いましたか? そう言ってくれる人と出逢いましたか? |
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2008年04月26日(土)
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2008年04月23日(水)
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昨日の山口県光市母子殺害差し戻し控訴審判決。
この事件の裁判の経緯や、遺族である本村氏の発言、世間の反応などをずっとこの9年間注目してきました。本村氏ほど、被害者としての怒りと悲しみとどうしようもない無力さをきちんと訴えてきた人はないと思います。 私ならば、感情が爆発してしまいます。 きっとどこかで、折れてしまいます。 生きることを放棄するかもしれません。 あの強さと、聡明さと、家族に対する思いに私は敬意を表します。 どんな判決がでても、遺族は笑って喜べるものではありません。 だからといって、相手を寛大に、あるいは無関心に放置できるものでもありません。 そういう被害者の気持ちを理解すべきだし、理解できる想像力をもたないといけないと思います。 誰にも、何にも変えられない大切な人を持っているのですから持てるはずなんです。 本村氏が言っていたことばで強く印象に残ったのは、 「偶然を必然にしないといけない。」 という言葉。 「偶然」のままだと、すべて無意味なものとなっていつか消え去ります。 それを「必然」にするということは、その出来事によって何か変えることであり、その出来事を永遠に社会や人々の中に残すことです。 殺された妻や娘、そして犯人も社会を変えるために生まれてきて、そのための必然的な出来事であり死だったのだと・・・。 死刑制度の是非と、被害者の感情(しかもそれは暴走的な感情ではない感情)は、別次元のこととして考えないといけないのに、それをごちゃまぜに考えるから無神経な言動がはびこってくる。それが被害者をさらに苦しめ追い詰めることとなる。 何が一番大事なのか。 何を一番守らないといけないのか。 その中心には絶対に被害者がいるべきであり、遺族がいるべきだと思うのです。そうじゃないとおかしいと思うのです。 |
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2008年04月21日(月)
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今日はちょっと疲れましたね。
自分の非を素直に認めて謝ることがいかにカッコいいかということを知ってほしいですね。 自分の過ちや失敗を受け入れずに一生懸命自分のプライドを守ろうとすることは、実はカッコ悪いことに気づいてほしいですね。 自分の過ちに気がついたら素直に頭を下げられる人。 そういう人が大きく見えるものなんですよ。 些細なミスやプライドにこだわっていると、逆にとても小さく見えます。 そういうことにこだわる自分も小さいのかもしれませんが・・・。 |
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2008年04月18日(金)
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3月の奈良東大寺二月堂のお水取り。
今年のその時期は既に過ぎてしまいましたが、最近、この曲が好きでよく聞いています。 お水取りは、もともとは旧暦の2月に修する法会ということで、「修二会(しゅにえ)」と呼ばれていて、それがこの曲のタイトルです。 見事に表現された荘厳さの中に、男と女の心のうつろいが見え隠れする。 愛する心は永遠のようで永遠なんてありえない。 そのためにどうしようもない罪や業を背負って生きている。 古い町やその営みにはそういう男と女の思いが沁みていて、たまにそれに触れたいと思うときがあるのです。 2004夏・長崎から 2006夏・長崎から (コメントを表示したくない場合は右下をクリックして下さい。) |
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2008年04月17日(木)
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PSAと言えば、私は仕事柄、当然の如く、
Peugeot Citroën (プジョー・シトロエン) でしか無いのですが、今回の健康診断でひっかかったのは、 Prostate Specific Antigen (前立腺特異抗原) という、こちらのPSA。 そう、前立腺がんの腫瘍マーカーと称されるものです。 私の勤務先では、50歳になると、このPSA検査が標準装備になります。 私はその50歳になって初めての検査でひっかかったということになります。 今日、その結果を持って泌尿器科の診察を受けて来ました。 先生の前に座ると、さっそく触診。 私は痔の診察や手術を受けてきた人間。人様に肛門を見せることなんざお茶の子さいさい、平気のへのカッパです。ポーズもわかっていますって。ズボンとパンツを膝まで下ろして膝を抱きかかえるんでしょ。 先生は手袋はいて指に潤滑液を垂らすと、躊躇いなく肛門に指を突っ込みます。 「あ、肥大症だね。」 「肥大症ならば、がんの心配はないんですか?」 「絶対に大丈夫とは言えないよ。がんの確率が30%から15%くらいにはなるかな。」 「8年前に前立腺炎で入院したのですが、その時にも大きいと言われました。」 「ああ、やっぱり。そういうことがあったんだね。」 「肥大症で大きくなっているのか、がんで大きくなっているのかはわかるんですか?」 「がんで大きくなっているのは硬さが違うからはっきりわかる。あなたのはそういう進行性のがんによるものでは無い。がんがあるとすれば触ってもわからない初期がんだね。」 肥大症にしてしまえばがんの可能性は低くなるという方向に持っていきたい私でしたが、完全にがんを否定するところまでは無理でした。ただ、有り無しをけっこうはっきりおっしゃってくれる先生で、話をしていると気分が明るくなってきましたよ。診察前にはドキドキしていて手に汗かいていたのが嘘のようです。 こりゃ調子づいて生体検査のパスも有りうるかなと思っていたら、 「生体検査は受けておいた方がいいです。どうします?」 「どうしますって・・・、受けておいた方がいいなら受けます・・・・」 ああ、どうしてこんな物分りのいい患者になってしまうんだろう。 来年のPSA検査の結果を見てからにします、なんて主体性のある回答がなぜできない。 これで、股座に針を8本も刺されることになってしまいました。 この病院の場合、生体検査は1泊の入院が必要なのでその説明を看護士さんがしてくれた時にこの病気のことやPSA検査のことも聞いてみました。その話の中で何度も、 「若いんだから」 という言葉が出てくるので、 「50歳になってそんなに若い若いって言われると嬉しいな」 と言ったら、 「この病気は70歳や80歳って人が多いですから、50歳なんて若いですよ!」 ふーん、そうなの。 若いと言われたい50代のあなた。 今すぐ、前立腺の病気になって泌尿器科に行きましょう。 「ぼくは気が小さいので、こういう検査結果出たら気になって滅入っちゃうんですよね。」 「男の人は案外誰でもそうですよ。でも、前立腺がんとかでネットで検索かけちゃダメですよ。重い症例のことしかひっかからなくて余計に気が滅入りますから。」 「・・・・。先週、検索かけて思いっきり落ち込んでしまいました・・・。」 「もう検索しちゃったの!ダメですよ、悪いことばかり書いてあるんだから。見るんだったらちゃんと自分の生体検査の結果が出てからそれにあった適切な情報を得るようにしないと・・・」 「・・・・・」 他にも、「PSA検査の前に性交渉しちゃうとまずいんですか?」とか、「いろんな治療があるようですけど勃起できなくなるのは絶対に嫌です!」とか、きわどいお話もさせていただきました。 とりあえずまぁ、かなり気分が楽になりました。 いろんな人に本当に心配をしていただいたり励ましていただいたりしました。 診察の日の朝には、頑張れメールもいただきました。 感謝、感謝です。 生体検査は6月末。しっかりと楽しんできたいと思います。 |
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2008年04月09日(水)
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今週月曜日に、勤務先の健康診断を行う部署から電話を受けました。
嫌な予感はしていたんですけど、3月に受けた健康診断の結果で思わしくないところがあって、精密検査を受けて下さいと・・・。 その検査もあまり気が進まない検査。 そりゃいろんな手術の経験してきていますから、検査入院くらいそれに比べりゃ楽なもんですよ。 でも、検査というのは良いか悪いかの判断を下すものですから、そもそも気分が重い。 かといって検査をして白黒つけなくてはいつまでも気分は重い。 月曜日から今日までだけでも、もうめちゃくちゃ気分は重い。 今年は良いことが多すぎましたね。 いろんな人に出会えて、いろんな経験ができました。 だから、今年は悪いことは無いと思えるか、良いことばかりだったから悪い事が起きると思うか。 ぼくは絶対に後者としか思えません。 なんとネガティブで小心者の人間であるのかとつくづく思います。 重苦しい日々は当分続くのです。 |
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2008年04月04日(金)
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本日朝のNHK「おはよう日本」。私にとっては初めてのテレビ出演でしたが、いろんな意味で良い経験になりました。トヨダG1型トラックのプラモデルで、ものづくりの原点を体験するということ以上に、テレビ番組を作るという苦労も知ったような気がします。やはり作り手は伝えたいというテーマがあって、それを形にしたいと思うのは当然。それはどんなもの作りでも同じで、テーマの無いもの作りは意味がないと言ってもいいでしょう。 今回は、私の期待していたテーマと作り手であるNHKのテーマに少しズレがあって、それを擦り合わせるために途中で何度もテーマについて話合いました。途中で、そのテーマならば自分でなくてもよいと思ってその場で取材を辞退しようと何度も思いました。でも、それでは作り手側が困ることになります。 ぐっとこらえてコミュニケーションをとり、双方の理解がだんだんと近づき、なんとか最後まで取材を続けたのですが、最終的な結果を見るまでは、あれでよかったのだろうかという思いで疲れやフラストレーションが高まるばかりでした。 しかし、今日、仕事から戻ってきて録画しておいた番組を見て、私のこだわりたかった部分とは違うものの、最終的なうまいまとめ方にその疲れも吹っ飛んでしまい、かすかな感動すら覚えました。 たった10分程度の特集のために、何時間もの話し合いや収録が裏にある。番組だけではなく、どんな製品や作品にも、最後に見える部分だけではわからない苦労や努力が裏にある。だからこそそれがすばらしい輝きを放つ。そういうことを忘れないようにしないといけないなとあらためて感じました。 何を作るにしても、相手(お客様)に何を提供したいのだというテーマが重要だし、それに参加する人間はそのテーマを共有できなければ良いものはできないと思います。今回の取材で、テレビ出演ということだけではなく、そういうこともあたらめて感じることができました。 ディレクターM氏はじめスタッフの方にはいろんなことを言いましたが、最終的にこういう形でまとめていただいたことと貴重な経験をさせていただいたことに深く感謝いたします。 |
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2008年04月02日(水)
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久しく感じていなかった非常に重い精神的な疲れを感じています。
昨夜、NHKのTV番組の取材が職場と自宅であったのですが、とても疲れました。 何に疲れたかは、今はまだ結果を見ていない段階なので何も言うことはできませんが、現時点では言いようのないフラストレーションがたまっています。 放送は今週金曜日の朝・・・ボツにならなければの話ですが・・・。 |
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本日朝のNHK「おはよう日本」。私にとっては初めてのテレビ出演でしたが、いろんな意味で良い経験になりました。