昨日の続き。
インターネットでは当然のこととして「匿名」がまかり通っている。
それは別に悪いことでもないと思うし、「匿名」であるがゆえのメリットもある。
ハンドルネームというのも「匿名」のひとつだし、素顔を晒すことの危険性を考えるとやむを得ないことである。
しかし、「匿名」とはいえ、架空の人間でもないし、無法地帯に住んでいるわけでもない。名前を隠すことと、何でも許されるということは別物である。「匿名」であろうが、やってはいけないことはやってはいけない。
今までは、そう訴えることでインターネットという架空社会の中での、中傷や荒しや違法行為を抑制してきた部分もある。
しかし、今回は違う。
実社会でやりたい違法行為を、「匿名」を利用して徒党を組んで実現するという。そういう仲間を募る場があるという。
私は、ある出来事があってから、「匿名」前提の場所にはできる限り足を踏み入れないことにしている。「匿名」の世界の中には、書かれている内容がどういう内容であれ、実体としての味方もいなければ敵もいないのである。「匿名」は蜃気楼。そう思うしかない、泡沫(うたかた)の相手でしかないのである。
しかし、その仲間を募る場で泡沫の相手を得ることによって、ひとりではできないであろうとんでもない行動を実現してしまう。ネットの架空社会と人間が、今度は実社会に下りてくる。何かどこか病んでいる。
世の中には、清濁いろいろある。正しいことだけでは生きていけない。人を裏切ったりだましたり、そうしないと生きていけないこともある。しかし、絶対にしてはいけないこともあるわけで。
なぜこの事件にこうも腹立たしさを感じるのかわからないが、自分の何かのこだわり部分にひっかかっているんだろうな。
近頃世間に流行るもの、押し込み強盗、高利貸、賄賂をもらう偉え人。
金、金、金の世の中で、泣くのは弱い者ばかり。
涙を拭いておいでなせい。
恨みを晴らす仕事人。
陰膳すえて待っておりやす。
私は悪い事などひとつもしないというような立派な人間でもないし、
正義漢ぶって自分の行動を棚にあげて人を批判したりすることもあるし、
怖そうで強そうな人の前では、刃向かいもせずに小さくなっている小心な人間だし、
早く言えば、自分のことが一番かわいいというごく一般的で小さな人間なんだが、
24日におきた名古屋での事件は、あまりにもやるせないし許せない。
人は誰でも、その人を愛情を持って大切に思っている人が必ずいるのだ。
大切な人をなくすということは取り返しが絶対につかない。だから大きな悲しみとなり、やりきれなさとなり、怒りとなり、絶望となる。
平和な今の時代の中で、人を殺めるということのそういう想像力すら持てない人間が多くなっているのだとしたら、それは戦時中よりも恐ろしい世の中だ。
こういう事件は二度と起きてはほしくないが、不幸にもこういう事件に遭遇した被害者と遺族に対しては、被害者と遺族の心情を一番に考えられる世の中であってほしいと思う。
私の中では、そういうのが「美しい日本」(もう死語か?)なのだ。
話が飛ぶが、こういう犯罪者に対しても、あの死刑廃止論者の弁護士の皆さんは、また被害者の心情を無視し逆なでするような主張を持ち出すのだろうか・・・。制度の問題と被害者や遺族を侮辱することは、きちんと切り離してお互いが尊重しあわなければいけないことなのに。
なんだか、いろんなことが一気に噴き出しそうなほど、腹立たしい気分なのだよ。
会社人のタイプはいろいろとありますが、私の周りに多いのは次のふたつのタイプです。ひとつめは、仕事が趣味でもあり生きがいでもあり仕事に人生と命をかけている人。ふたつめは、仕事もそれなりにこなし仕事以外のところでも人生を楽しんでいる人。仕事をおざなりにする人は論外ですが、遊びをうまくできる人は、案外仕事もきちんとこなすものです。
仕事に生きる人生(つまり社会に貢献する人生)もいいと思いますが、私は遊びが生活の真ん中にある人生が理想です。
そういう理想に近いタイプの会社の先輩が、昨日、長野県の北アルプス・前穂高岳で転落して亡くなりました。今日、その知らせを会社で聞いて、けっこう私はショックを受けています。一時はラジコンヘリコプタの操縦を教えてもらう約束をしたこともありました。
その先輩の上司は鉄道模型関係で私とつながりがあるのですが、今日電話で「好きな事をしていて死んだのだから、考えようによっては本望だったのかもしれないなぁ」なんてことを話ました。ご家族のかたからしてみれば、そんな勝手なということになるのでしょう。しかし、遊びには危険はつきもの。いつ私もそういうことになるかわかりません。
わかりませんけど・・・、やっぱり死んじゃいけません。
もう遊び飽きたというまで、遊び人は生きなきゃいけません。
遊び足りないうちは、死んで本望なんてことはありえないのですよ。
あの笑顔をもう見ることができないというのは、なんともつらいです。
天国で安らかに・・・遊び続けてください。

レールのクリーニングもやっと終わって、今日は近鉄電車を並べて見ました。最近、近鉄特急の完成車輌の発売が多くて嬉しいことなのですが、今までレイアウトが使えませんでしたので、買ってきても試走もしていませんでした。
線路に車輌をおいて走らせてみますと、長編成のために急勾配がちょっときつそうなものや、車輪幅がちょっと広くてポイント通過に問題がありそうなものとかがありましたが、動力機構自体はスムーズで問題あるようなものはありませんでした。本当は買うときに試走すべきなのでしょうが、私は店でケースから車輌を出すのが嫌いで、ついつい試走せずに買っちゃうんです。
近鉄電車の完成車輌は、特急は多いのですが一般車輌はほとんどありません。キットではけっこう一般車輌も数多くあるので、時間を作って車輌の製作を楽しいんでいきたいと思っています。できれば完全自作で、旧車の2200系や6300系を作って見たいのですが、Nゲージではなかなか無難しそうです。どちらにせよ、これからのんびりと模型趣味生活として70年代、80年代の近鉄の再現を楽しみたいです。
でも、ここだけの話。
私も愛知県に住んでもう25年以上。名鉄なんてと思っていた私が、最近名鉄の車輌にも魅力を感じ始めたりしています。私のレイアウトでは、近鉄電車と名鉄電車が同じ線路上を無造作に走る日も近いかも知れません。
なお、上の写真の後に見えるモノクロ写真は、私が若かりし頃に撮った近鉄10100系ビスタカーの3連編成の写真です。10100系の引退間近という頃で、その記念にA、B、C編成の3連運転が盛んにされていました。今でも大切な写真です。

徐々にレイアウトを紹介していくということで、まずは走行に欠かせないコントロールパネルのご紹介です。完全な私の自作作品で、16個のポイントの切り替えと、8ブロックの電源供給と走行方向をコントロールできます。ポイント切り替え配線で1ヶ所断線があってハンダ修理しましたが、その他は今でも正常に機能します。15年前はこういうものを製作していたのですから、けっこうパワーがあったものです。
今日、ようやく近鉄電車をならべて写真が撮れましたので、
「homo ludens」に「Warachan'sモデル工房・鉄道模型部」のエントランスバナーを追加しました。実際のオープンはもうしばらく先になりそうです。
部屋の模様替えで、今までしまいこんでいた鉄道模型のレイアウトを引っ張りだしたことは
先日の記事に書きました。

このレイアウトは、製作を始めたのが15年ほど前の古いものであり、しかもここ10年近くほったらかしにしていたためにレールの汚れがひどいのです。とても車輌を走らせるような状態ではありません。鉄道模型を詳しくご存じない方のために説明しますと、鉄道模型は2本のレールに電圧をかけそれを車輪を介して車輌に伝えてモータを回して走行します。ですから、レールが汚れているとレールの電圧を車輌に安定的に伝えることができずスムーズな走行ができないのです。

何年もの間に付いた汚れ(錆?)は頑固で、1500番の耐水ペーパでレール上面を磨き、そのあとレールクリーナで拭かないときれいに落ちません。耐水ペーパはレールを傷つけるのであまり良くないのですけど今回は仕方ありません。すぐに普通の車輌を走行させるのは怖いので、まずはレールクリーニングカーを走行させて状態を確認します。レールクリーニングカーは、トミックスの「国鉄電気検測車 クモヤ193系」で、ひとつの台車の車輪がヤスリになっていてそれが逆回転することにより、レールの汚れを削り取るというものです。仕組み的には荒っぽいので、さらにレール表面を傷つける気がしますが、最初はこの車輌でレールを馴染ませようと思っているわけです。

まだ未完成でプランもイマイチのレイアウトですが、私の本格的第一作レイアウトでありますので、少しずつ車輌のコレクションとあわせて記録に残していこうかと思っています。それ専用のホームページも作りたいと思っています。
仕事場での私のデスクはですね、北側の窓の近くにあるのですが、夕方になると西側の北寄りに沈もうとする西日が眩しかったのですよ。
しかも7時すぎまでずっと。
それが、今は日の沈む位置が南に寄ってしまって、私の席の北側の窓からはもう沈む位置が見えなくなっています。眩しいのは無くなって都合はいいのですが、何か寂しいですね。
空の明るさも、7時半を過ぎても太陽の明るさが残っていたのに、今は7時でもうその明るさはほとんどありません。
まだ暑い8月とはいえ、夏至からもう2ヶ月も経っています。1ヶ月で約30分日の出と日の入りの時刻が変化するわけですから、当然といえば当然です。あと1ヶ月すれば秋分となり6時半にはもう暗くなる。それから3ヶ月過ぎれば冬至で5時にはもう真っ暗となります。
最高に輝いていた頃を少しでも下れば、なにか寂しさを感じてしまう。何事もそうだと思います。絶対的にはまだまだ力があってもです。
子供の夏休みも終りが近づき忙しくなり、窓から見える日没の角度と明るさも変化する。まだまだ暑い日は続くのでしょうが、確実に季節は流れ時間は過ぎています。
ちょっぴり寂しい黄昏時です。
昨日からはじまっております。好きじゃないお仕事が。しかも初日から夜遅くまでやっておりまして、プラベートな時間が持てません。昨日は夕飯食べたらすぐに寝てしまうし、今日もパソコンに向かえたと思ったらもうこんな時間。(無理やり21日の日記にするため23時59分にしていますが、実際は22日の0時半なのですよ)
仕事が好きでいつも仕事をしていたいと思える人は本当に幸せだと思いますね。私は仕事、好きじゃありません。好きなのは遊ぶこと。なぁ?んにも考えずに何かを作ったり、何かを見たりしているときが最高に幸せですねぇ。今の私の仕事はそうはいきません。テーマ遂行のために、考えて考えて苦しんで苦しんで、いい結果が出たときにはそりゃ達成感はありますが、その苦しんでいる時間がとってもいやですね。その苦しさがあるからやりがいや成長感があると、前向きに考えられる人はいいでしょうけど、私みたいな怠け者は辛いだけです。
特にこの時期は、そういう本来やるべきことに加えて、昇格調整や期央点検があって、それがおわるともう冬の賞与の考課調整が始まります。そうこうしていると年末になって来年度のリソーセス確保のためにいろいろと戦略を考えなくてはいけなくなります。
私の頭の中はもう年末、冬が見えています。
この1年の時間の過ぎる早さ、いやになってきますよ、本当に。
今日から始まった今年の
24時間テレビ愛は地球を救う。
会社でも毎年7月末に募金があるのですが、この募金だけはいつも参加させていただいています。
純粋にチャリティーに参加したい人(企業)、何らかのメリットを考えて参加する人(企業)、その他にもいろんな思いの中でこういう活動は成り立っています。
それでも、この活動で助けられたり生きる希望を持つ人がいるのも事実。だったらそれはそれでいいと思います。いろんな思いが重なって大きな活動になり結果的に社会に貢献しているのであれば・・・。
連休もあと一日。
ここ数日はずっと子供達と外出していましたが、最後の土日はゆっくりと家で心身を休めます。のんびりと24時間テレビを見ながら、自分という人間の心の貧しさを感じながら。
ここ数日はとにかく暑いです。
今年の暑さは一段と暑いです。
クルマで出かけることが多かったのですが、クルマから出ると肌にまとわりつくじりじりした暑さで嫌になります。
なのに、家では寒いくらいにエアコンが効いています。
北極の氷が消えているというニュースを見たり、
40度を越える気温を記録するニュースを見たり、
熱中症でなくなった人のニュースを見たりすると、
家の中やクルマの中の温度を冷やすがために余計な熱を外にばらまいているんだろうなと思います。
でも悲しいかな、将来の地球のことよりも、今の快適さを求めてしまう浅ましさ。所詮、人間なんてそんなもの。いつか人間は滅びてまた新たな生命が宿る。
開き直りですね。
無力、無理。
なんともしようがありません。
13日に子供達が
ポケモンビンゴスタンプラリーに出かけたと書きましたが、あと3駅のスタンプが残っていましたので、今日、ドライブがてらにクルマでまわってきました。
出かけたついでに、駅の近くの
豊川市赤塚山公園に行ってきました。そこには「ぎょぎょランド」という無料の淡水水族館があって、こじんまりとしながらもなかなか楽しく懐かしい気持ちになれる水族館でした。「ぎょぎょランド」という名前を見ていると、「あのねのね」の「魚屋のおっさんの唄」を思い出してしまい、ひとりで「魚屋のおっさんが、・・ぎょ!」とつぶやいている私がいたりして、そういう意味でも懐かしい気持ちになってしまいました。
中に入るとすぐにザリガニがたくさんいる水場があります。久しぶりにたくさんのザリガニに出会って、子供の頃のザリガニ採りを思い出してしまいました。同じ気持ちになったのか、そばにいた小さな女の子連れのおとうさんが水場に手を入れて採ろうとしていました。気持ちはわかるけど、子供の前なんだからマナーくらい守りなさいよ、あんた!
赤塚山公園は「ぎょぎょランド」の他に、小さな水遊びのできる水の広場、やぎやロバや小動物とのふれあい動物広場、芝生広場、昆虫の森、花しょうぶ園など、軽く楽しくのんびりと過ごすことができるところです。駐車場も入場もすべて無料というのがいいです。ただ、今日はあまりにも暑かったので水族館だけ見て帰ってきましたが、いい気候になればのんびりと歩いてみたいと思いましたよ。
せっかくそこまで行ったのだからということで、昼食はちょっと足を伸ばして
田原めっくんはうすで田原ポークのみそかつとステーキを食べて来ました。渥美マスクメロンの甘い香りの誘惑にも負けそうになりましたが、「メロン狩りとメロン食べ放題」に行きたかったので今回は我慢我慢。
夏休みももう真ん中。
今年もこういうセコイ過ごし方ばかりになりそうです。
・・・・・・・★
今日は62回目の終戦記念日。正確には、ポツダム宣言受諾を国民に天皇が伝えた日。ですから、8月15日は世界での終戦日ではありません。そういう意味では、8月15日は日本にとって敗戦記念日といったほうがしっくりくるのかも知れませんし、他の国では違った意味を持つ日になるのでしょう。どちらにせよ、日本にとって大きな転換の日であったのは事実。というようなことを調べたり意識したりして、この日の意味を思い起こすことも大切なこと。
8月4日に
佳境にはいったと書いたお話のその後です。
何をして佳境にはいっていたかというと、私の部屋の大掛かりな模様替えをしていたのです。今回の模様替えの目的は、鉄道模型を楽しめるスペースを確保するということ。かといってゆったりと音楽を聴いたり本を読んだりするスペースは無くしたくないし、パソコンに向かうスペースも切り詰めたくないという贅沢な要求があって、かなり難題な模様替えでありました。

こういう時、大事なのはきちんとした計画。いいかげんに家具を動かしても効率よくありませんし、無計画だと模様替え自体を失敗することにもなりかねません。ということで書いたのが右の図。工作机とパソコン机を横並びにし、そこを作業スペースとしてまとめる。音楽を聴くスペースは、音場は悪くなるのは覚悟で現状のスペースをやや縮小。それであいた中央のスペースに高さの低い書棚などを集め、その上を鉄道模型のレイアウトスペースとして確保。模様替えの骨格は、だいたいそんな感じになりました。

これでなんとかいけそうだと確信を持って家具の移動を始め、約2週間でなんとか形になりました。レイアウトスペースには、10年以上前から作り始めて未だに完成していない1000×1800サイズのレイアウトを仮設置してみました。しばらくはこのレイアウトで楽しむしかありませんが、近々、70年代の近鉄線の情景を織り込んだ新しいレイアウトを製作しようと目論んでいます。その時にはこの古いレイアウトは不要になりますので、解体するか誰かに譲るかしないといけません。作るのは面倒ではありませんが、処分するのはいつも面倒くさくていけません。
これで、鉄道模型をメインとした模型趣味を目一杯楽しめる環境が整いました。
・・・・・・・★
今日は一番上の娘と末娘がふたりだけで、
ポケモンビンゴスタンプラリーに出かけました。フリーキップで名鉄電車乗り放題、スタンプ設置駅で降りてスタンプを押すというもの。ポケモン電車にも乗れて、十分楽しんだようです。こういう楽しい企画は大歓迎です。
連休初日。
今日は早起きをして奥さんと末娘とポートメッセなごやへ行ってきました。我家からポートメッセなごやまでは、以前は1時間あまりの行程でしたが、伊勢湾岸自動車道が出来てから15分から20分で行くことができるので本当に助かります。
今日のお目当ては次の二つのイベント。
「ポケモンフェスタ2007 ポケモンパルシティ」と
「アジア発・世界最新 恐竜大陸」。ポケモンと恐竜好きの末娘にとっては最高のイベントなのです。

「ポケモンパルシティ」は第3展示場で開催。入場は無料ですが、アトラクションに参加するには、ポイントカードを購入して、アトラクションごとにポイントを支払う必要があります。アトラクション自体は楽しめる内容のものですし、ワイヤレス通信での特別ポケモンゲットとか、グッズ販売も充実していて、ポケモンゲーム好きな子供達には楽しい場だったようです。ただ、アトラクション参加は1回あたりけっこう高価な金額ですので何度も何度も参加することは少ないですし、グッズ販売以外はあまり見るところも少ないので、半日いれば充分という感じではありました。

昼食後は、第2展示場で開催されている「恐竜大陸」に向かいます。こちらはけっこうな金額の入場料が必要ですが、今回はおとな2人分の招待券が入手できましたので末娘の入場料だけでOKでした。こちらの展示は、正直すごい展示でした。化石の全身骨格が約40体、リアルな動きをする恐竜ロボットが約20体と、ずっと見ていても飽きません。末娘もその恐竜ロボットの動きに魅せられてずっと向かい合ってその場をなかなか動くことなく興味深げに見入っていました。
すべて見てポートメッセなごやを出る頃はもう夕方。末娘は本当に楽しそうでした。見たものが楽しかったことは言うまでもありませんが、もうひとつとても嬉しいことがあったようです。それは私がこれからこころがけようと思っていたことで、さっそくそれが末娘に伝わったようで、私もとても楽しい気持ちになりました。
一日歩きずめで、足の裏が痛いです。
心地よい疲労を持って今夜は眠ることにします。

明日から9連休の夏休みです。
いろいろと子供からの要求はあるのですが、近場でなんとかやり過ごそうと思っている私です。本当は年に一度か二度は、こういう連休の時に旅行でも行ければいいのですけどね。
そんな休日のひとつの楽しみとして本を買ってきました。
本というにはおこがましい内容と数で、マンガに小説に記録物とバラバラです。横山光輝の「竜神伝説」は1970年後半の作品で、初めての単行本となる貴重なものです。私も初めて読むことになり、とても楽しみです。取り寄せで手に入れた「鉄道重大事故の歴史」は、安全な鉄道となるまでの過去のいろんな事故での教訓を知ることができます。同じような本を他にも持っているのですが、書き手がかわると事故の見方もかわるので、そういうところで新しい発見があるのです。東野圭吾の「夜明けの街で」は、ストーリと読みやすい文章に誘われて半衝動的に買ってしまったものです。
さて、どういう連休になりますやら。
暑い日が続くようです。
いろんなところで今日は判断力が鈍くて嫌になりました。
いつもならば、書類をちらっと見るだけでその意味やポイントを理解できるのに、今日はまったくダメ。勘違いというのが多すぎました。
どうも、睡眠不足とここのところの疲れが体にたまっているようで、思考回路が機能不全に陥っているようです。そういう時は、判断力だけではなくて行動力も鈍るようで、時間だけは過ぎて行くのに、やらないといけないことはまったく進まないという状態にもなってしまいます。
そんな日もありますが、そんな日をできる限り少なくするのが自己管理。この年になっても、自己管理というのは難しいです。
「8月6日と8月9日は何の日?」
日本という特別な国の中で、この質問にこたえられない人が多くなっているらしい。
世界唯一の国として語り続けなければいけないことが風化していく。
その出来事の意味も変化していく。
世の中には、絶対に風化させたり変化させたりしてはいけないものが、いくつかあるはず。
そのために、それが正しかったか悪かったかではなく、何が起きたかという事実と真実だけを淡々と伝えよう。
伝え続けよう。
先週の週末からはじめたあることが、佳境に入ってきました。
今日も、朝から休み無しでそのことにずっとかかりきりです。
きちんと計画をたてて進めているので順調に進んではいるのですが、何しろやること自体が大変。よくはじめたと思うのですが、やらなければいけない。やらなければ、これからの私の人生は無いと言っても過言ではありません。いや、それは言いすぎかも知れません。たぶん言いすぎだな。
でも、やらなければ先はないのは確かです。
結果をお知らせするのは、明日かあさってか。
そのあたりにできればいいなと思っています。
今夜のNHKプレミアム10をみて、あらためて歌詞を目で追うと、その奥深さにあらためて気付きます。
私は幼い頃から歌謡曲が好きでした。
一番最初に買ったシングルレコードは、小柳ルミ子の「私の城下町」。
まわりの友人たちは、ビートルズをはじめとする横文字の歌に夢中になっていて、その中で歌謡曲が好きだなんてことは、なかなか口に出して言えませんでした。
その中でフォークソングを知り、それがニューミュージックというジャンルに広がり、日本語の歌=歌謡曲でなくなっていった頃から、自分の好きな歌を堂々と言えるようになっていきました。
私は音楽を聞くときは言葉からはいってきます。
メロディだけでも感じるものはありますが、歌詞があれば、その世界はさらに広がりを持ち、ひとつの世界が頭の中で出来上がるのです。
それは、詩や俳句、短歌などにも感じます。
短い文章や言葉の中から、その情景や人の心の呼吸を感じられる。まるで、言葉の無限のパズルのような気がして、そういう手法でひとつの世界を作り上げるという感性や技術を持った人たちに、私は強い羨望と憧れを感じます。
作詞家 阿久悠
その人も、私の若い頃からの憧れの人でした。
合掌。
昨夜は、料亭で接待(されるほう)の仮面顔でのお酒。
今夜は、芋煮会の仲間と素顔でのお酒。
どちらも、おいしいものを食べながらのおいしいお酒でした。
しかし、何でも本音を楽しく語れるのは、やっぱり素顔を出せるほうのお酒。仮面顔だと、どこか自分でないよそいきの自分がいて居心地悪いものです。芋煮会の面々とは19時に会ってお開きは23時半。いつものことですが話の話題は途切れることなく、楽しい時間があっという間に過ぎてしまいます。話題はどうでもいいようなことから深刻な相談までいろいろとあります。そういうなんでも話題として話せて力をもらえる友人というのが、私はとても居心地いいし大切に思えるのです。
ところで、飲み会で最近感じることがあります。
以前は酒に弱いながらも酔うと饒舌になって弾けていたものですが、最近は酔ってもおとなしく会話しているような気がします。心から酔えないのか身体にアルコールがこたえるようになったのか、それは自分ではよくわかりませんが、どちらにせよ歳のせいのような気がしてなりません。少し寂しい気がします。
今年ももう8月。
一年で一番開放的な季節である夏なのに、もう心には秋を感じています。
盛りの後には必ず寂しさが訪れる、そう思うと心の奥底から開放的な気分にはなれない自分がいます。
純粋に夏を楽しめたのはいつ頃までだったかな。
自分が光り輝いている時期なんて永久には続きません。
人の心は儚くて移ろいやすくて、輝きを維持するにはそれなりの努力が必要なわけで・・・。
そんな当たり前のことを教えてくれた昨年の夏、8月。
ほろ苦い8月がやってきました・・・。