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2005年12月16日(金)
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「天使になった歌姫本田美奈子〜夢と闘いの38年」を見ました。
とてもじゃありませんが、私が同じ境遇になったとしたら、本田美奈子のように一生懸命で謙虚で優しく、家族を思い、友人を思い、世話になった人を思う事はできないでしょう。わがままになってまわりの人間に当り散らして、恨み言ばかり言っているのが関の山だと思います。 最近世の中は、幼い子供が犠牲になる事件が多いです。手をかけるのは、通りすがりの知らない大人だったり、塾の講師だったり、親だったりします。自分の鬱積したものや、相手に対する感情を抑えることもできずに、感情のまま短絡的に自分中心の行動を起こしてしまう人間なのでしょうか。自分を振り返り見れば、日常の些細な事の中では同じような自分がいたりします。 別の事件に目をやれば、自分達の目先の利益しか考えない消費者不在の品質問題が次から次へと出てきています。マンションの偽造構造計算なんか論外です。しかしそういう自分が姉歯氏の立場で家族を持ち裕福な生活を求めていたならば、姉歯氏と同じ行動をしていたのではないかと思ったりもします。 人間なんてそんなに悪意を持った生き物ではないと思いますが、悪事を絶対にしないと言い切れるほど強い生き物でもありません。生きていく局面では、やむを得なく誤った決断をすることもあります。だから、そうさせない社会のしくみや構造が大事なのです。多くの人が病んでいるということは社会が病んでいると考えなければ、何も根本的に解決しません。 インターネットという道具を得たことによって、癪に障ったり妬んだりということだけで、匿名で人を簡単にたたくことができます。いろんな世代の人間が、実に安易にそれを行います。そういう人間が多いのもこの社会の病巣なのかも知れません。 そういう考えとは別に、「イッチョ前の大人が自分の行動を社会のせいにしてどうするんだ!」と言う思いも実は非常に強くあります。 冷静に考える自分と感情的に見る自分。 とにかく、なんか情けなくて腹が立つ世の中です。 |
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2005年12月06日(火)
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模型製作というのは確かに没頭できて楽しいことです。完成するまでの苦労、完成したときの達成感、人に見てもらう楽しさ、どれもこれも捨てがたいことです。
しかし最近思うのです。 完成した模型は、人に感動を与えたりその人の人生に影響を与えたりするのかな? 音楽や書き物は、けっこう私にとっては生きることの力を与えてくれたり、弱った心を癒してくれたりします。世の中、そう思っている人々はたくさんいます。 模型製作という趣味は、人ひとり生きてきた証として同様の価値があるのかな? それでなくとも残り少ない人生の時間、模型製作で無駄に過ごしているということはないのかな? 受身の趣味ならば自分の安らぎや満足のための趣味でもいいと思うのですが、能動的な趣味として考えた場合、今のような取り組み方では虚しいような気がします。その対象相手も中学生や高校生が多いというのも、申し訳ないことではあるのですがやはり寂しいです。 幸いにも私には、仕事はやろうと思えば世界という土俵でいろんな事ができる環境があります。あとはやろうとする意思があるかどうかだけです。 私の人生も折り返し点はすでに過ぎています。その残りの人生、どう生きるか今一度考えてみたいと思ったりします。そのためには、捨てなければいけない生き方もあるのでしょう。 |
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2005年11月13日(日)
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世の中「賢い人間」と「賢くない人間」がいます。
もちろん「賢い人間」というのは単純に知識があるとか勉強ができるとか仕事ができるとかいう人ではないのは、誰でもなんとなく知っていると思います。じゃあどういう人が「賢い人間」なのかといいますと、その定義や考え方は人それぞれだと思います。 昨日のTV番組「たけしの日本教育白書」でも少し話題になっていましたが、その中ではビートたけしやホリエモンが賢い人間というアンケート結果になっていました。創造性や先進性ということを「賢い」と定義付けるならばそうかも知れませんね。 でも私はそういう人を見ても「才能がある人間」とは思いますが「賢い人間」だとは思ったことはありません。「賢い人間」だなと思う人は、自分の行動や発言が周りの人間にどういう影響を与えるかをよく考えていると思える人です。 自分がこういう発言をしたら、相手はどう感じ、自分に対して今後その相手はどう接してくるかをきちんとわかっている人。私はそういう人を「賢い」と思うのです。だからといって、自分の考えを偽って相手の顔色ばかり伺っているのは当然「賢い」とは感じません。自分の考えや意見をきっちりと言う中で、そういう配慮が出来ている人を「賢い」と思うのですよ。 自分の意見を主張するだけして、相手の感情がそれによってどう変化するかを読めない人が多いと思います。だから争いが起きたり、愛想をつかしてしまったりつかされたりということになるのです。主張した方は自分の意見を相手に伝えて理解させてすっきりとしているのかも知れないが、それによって心は離れていくことの方が多いのです。 「言い合わない(議論しない)と理解し合えない」という意見もよく聞きます。それはビジネスの世界では私はその通りだと思いますが、ビジネス以外の関係ではあまりうまくいかないかも知れないと思います。ビジネス以外の世界では、相手を大事に思ったり大切に思ったりする気持ちを優先しないとうまくいかないのではないでしょうか。 偉そうにこういうことを書いてはいますが、じゃあ自分は「賢い人間」かと問えばとてもそんな事は言えません。どちらかといえば相手のことを考える前に自分の意見を主張してしまう自分勝手なタイプでしょう。要するに典型的な「賢くない人間」なのですよ。 でも・・・ だからこそ「賢い人間」に憧れ「賢い人間」を求めたりします。「賢くない人間」は「賢い人間」には相手にされない事を知りつつも。 |
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2005年10月18日(火)
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メールが減りました。
といっても届くメールの総数が減ったわけではありません。携帯電話に届くメールが減ったという事なのです。 私は独自ドメインを持っていますので、いくつかのメールアドレスを用途に応じて使い分けています。今まではすべて携帯電話に転送していたのですが、あまりにも、 「相談にのって欲しくてメールしました」とか、 「今平気ですか?」とか、 「自己紹介をさせて頂きます」とかいう出会い系メールが多いのでうんざりしていたのです。 そこで、数日前から独自ドメインの中に新しいメールアドレスをおこしてそこにすべて転送し、メールサーバーの迷惑メールフィルターをかました上で携帯電話に転送するようにしたのです。迷惑メールフィルターだけではなく受信拒否メールの設定もできますので、英語タイトル英語名送信者も拒否するようにしました。 もっと早くこの機能を使えばよかったと思ったほど効果はてき面です。必要なメールしか携帯には届かなくなりました。いつの頃からか携帯にメールが頻繁に来るのが当たり前になっていましたが、もともとはこんなに静かだったのかと改めて思いました。 ということですので、へんなメールアドレスでへんなタイトルをつけたメールは私に届きませんのでご注意下さい。 くれぐれも英文メールは送らぬよう・・・。 |
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2005年08月27日(土)
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日本テレビの「24時間テレビ・愛は地球を救う」が始まりました。 今年のテーマは、「生きる」です。
インターネットでの呼びかけによって、簡単に自分の命を落としてしまう時代、ムシャクシャするという気持ちだけで、簡単に他人の命を奪ってしまう時代。いろんなストレスがどの年代にも強くふりかかっています。それを乗り越えていくのが「生きる」という事かもしれませんが、それを乗り越えられずに「生きる」ことを諦めてしまう人間が多いのも事実なのです。果たしてそれを乗り越えるのが「生きる」という事なのでしょうか。 「生きる」ということはもっと素朴で単純なことでいいのじゃないかなと思います。 ・子供の笑った顔を見たい。 ・親に元気な姿を見せたい。 ・大切な人と一緒にいたい。 たぶん、いろんな事があってそういう簡単な事を忘れてしまっているのでしょうか。 偉そうなことは言えません。私もそういう事を忘れるときがあります。贅沢に慣れ、経済的余裕や社会的立場を先に考えてしまう自分。後で手に入れたものを守る事を第一優先に考えてしまう自分。 ただ生きていることだけに喜びを感じる、というのは簡単のようでとても難しいのかも知れません。 |
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2005年07月30日(土)
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昨日から三日間のわが町の夏祭りが始まった。グループごとに好き勝手な衣装で着飾って、何時間も踊って踊って日頃のストレスを発散する。 世界ナンバーワンを目指す自動車企業で働く人々と家族のストレスを発散するのだから、ハンパな盛り上がりでは無い。 街中に設置された音響設備から強烈な低音とともに「おいでん、みりん、おどろまい〜」と流れるわが町の夏の歌。 思わず踊りたくなるこの音楽は、たくみにマインドコントロールの要素を盛り込まれているに違いない。 >うちの幼稚園児の末娘も仮装して踊りに参加だ。こんな小さな子供達も巻き込む恐ろしいメロディ・・・。 私は人込みの中でカメラのレンズを向けつつ動き回る。 人が多すぎる・・・。 暑すぎる・・・。 歩きすぎる・・・。 うーーん、近くを肌もあらわなおねーちゃんがすれ違っていくというのに、この人ごみと暑さは人のみだらな欲望も萎えさせる。 踊りに駆り立てる音楽ももう聞こえない。 はやく帰りてぇ〜。 娘の踊りの時間が終わったら、そそくさと私は家路に向かった。 |
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